原油価格下落について

今週のThe Economistのトップは原油価格下落に応じた今後のエネルギー政策についてであった. 原油安の進行は深刻であり, 世界経済の不安定要素になる懸念も高まっている.

BBC News - Falling oil prices: Who are the winners and losers?

Global oil prices have fallen sharply over the past seven months, leading to significant revenue shortfalls in many energy exporting nations, while consumers in many importing countries are likely to have to pay less to heat their homes or drive their cars.

From 2010 until mid-2014, world oil prices had been fairly stable, at around $110 a barrel. But since June prices have more than halved. Brent crude oil has now dipped below $50 a barrel for the first time since May 2009 and US crude is down to below $48 a barrel.

上のサイトでも綺麗にまとめてくれているが, 1.何故このような下落が起きたのか, 2.下落によって世界経済にどのような影響があったのか, の2点に分けて整理したい.



1. 原油価格暴落の背景には主に3つの理由がある. (a)世界経済の全体的な停滞(特に先進国における生産業)における原油需要の低下, (b)アメリカにおけるシェール革命による供給の増加, (c)OPECが生産量の減産を行わなかったから, である.

(a)については問題ないであろう. 実際IMF(国際通貨基金)も20日, 世界経済見通しを更新し, 2015年の世界経済成長見通しを3.5%と,昨年10月の従来予想から0.3ポイント下方修正したばかりである*1. (b)も分かる. 供給が増えれば価格は下がる.しかし, (c)は一見よく理解できない. 石油が国の主産業(というかほぼ唯一の産業である)OPECの国々は何故自分たちに不利になるような価格下落を容認しているのか. その理由は, (b)のシェール革命と大きく関わっている.

そもそもOPEC(石油輸出国機構*2 )とは, 石油輸出国によって結成され, 輸出国の利益を守ることを目的とする組織であり, 過去のオイルショックを引き起こしたことで特に有名である. 1986年からは石油価格の決定権は自由市場へと移ったが, 2007年においても全世界の原油生産量の42%,石油埋蔵量の3分の2を占めているため生産の調整などによって原油の価格に影響を及ぼすことができる存在となっている. さて, 前述のような原油価格の歴史的暴落が続けば, OPEC加盟国は自らの利益を守るため生産量を調整(減産)して下落に歯止めをかけるのではないか, と考えられるが, 今回は11月の総会で減産を見送った.
OPEC、減産見送り 加盟国の足並みそろわず :日本経済新聞

それは, ここでOPECが減産すると,アメリカのシェールオイル, ガスによりOPECのシェアが減ってしまうためである. OPECにとっては価格維持よりもシェアの死守を優先したということであり, よって価格下落は一段と加速した. 以上が原油価格の歴史的暴落の背景である.


2.さてこの価格下落によって各国はどのような影響を受けているのであろうか.

まず, 全体的に原油安の影響で低インフレが続くとの見方が強まり,主要国の長期金利が一段と低下している*3.日本では11日, 新発10年物国債利回りが一時0.390%と1年8カ月ぶりの低水準を更新した. 欧州各国も過去最低圏にある. 世界市場で株価が不安定になり, 投資マネーが安全資産とされる国債に向かったことも, 金利を押し下げた.

各国に与える影響はその国の財政状態,主要産業に依る. 以下日本, ヨーロッパ(超軽く), アメリカ, OPEC(サウジとベネズエラ), そしてロシアについて考える.


石油の輸入のほぼ全てを輸入に頼っている日本にとって原油価格の下落は一見いいことのように見える. アベノミクスによる円安の進行にとともに, 国内原油価格は相対的に上昇し続けていたのが, 現在原油価格は低下し続けている. 石油を原料とする輸出産業にとっては追い風となる.
ガソリン安130円台に 値下がり26週連続、過去最長:朝日新聞デジタル
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一方これにより,消費者物価指数*4の上昇は大きく鈍化し, 日銀は21日, 金融政策決定会合を開き, 2015年度の物価上昇率見通しを従来の1.7%から1.0%へと引き下げた.原油安の影響で2%の物価目標の達成は遠のいたと見られる*5. これは石油を原料とする物と輸入品の価格が下がるからだと思われる(ここ調べたけど自信なし. 日銀はCPIを見ることによってインフレ, デフレを判断しているから?*6 ). ただ, この物価上昇率見通しの引き下げとインフレ2.0%目標達成時期の後ずれアナウンス自体がインフレ期待を後退させることになりかねない, という批判も存在する.
よって, 以上より原油安は日本の輸出産業には追い風となるが, 物価上昇率は必然的に引き下がるため, 日本経済全体にどのような影響を与えるか分からない *7.


ヨーロッパの状況も面白い.原油安は日本と同様基本的に追い風となるが, ロシア向けの輸出の落ち込みや株式市場への波及など懸念も存在する.


次に, アメリカを考える. まずシェール革命にある一定の歯止めがかかるであろう. 実際シェール企業の倒産も出て来ている.
米シェールガス会社破綻 生産急増で価格下落 :日本経済新聞
ただこれがアメリカ経済全体的にどれくらいの影響を与えるかはまだ先行き不透明と見るのが正しい. シェールの生産をサンクコスト回収のために続け, OPEC諸国と価格競争を繰り広げ, コンコルドの誤謬*8まで突っ走るのか. それとも継続する価格安で国内産業を引き上げ, 誤謬となる前に国全体の採算を合わせるのか.


OPEC諸国も一枚岩ではないようだ.

そもそもOPECで一番力をもつサウジアラビアが原油安を容認した背景には, 政治面では核開発を進めるイランやイランを支援するロシアの力の弱体化の狙いもあった模様*9. 後述しますが計算通りロシアには大打撃. また, 石油に経済を依存するナイジェリアのボコハラム, イラクやシリアでの原油採掘に収入を依存するイスラム国にもある程度の打撃を与えられた模様. (おまけですがイスラム国は身代金収入で1年53億円を得ているらしい*10 .)
サウジアラビアは去年あたりまでシェール革命を一時的な現象として見ていたが, 石油のシェアに深刻な影響をもたらす可能性があると分かり, 価格戦争に踏み切ったと見られる. 低価格のためアメリカのシェール事業が立ち行かなくなればサウジとしてはシェアと, そしてそれに伴う市場への影響力を保つことができる. この下落容認は自国の経済にとっても痛出となるが, 豊富な外貨準備のため, 数年赤字となっても経済的に耐えられるため価格戦争に踏み切ったと考えられ, それは今後も続くであろう. なお, クウェートもサウジ同様外貨準備が豊富なため価格戦争に耐えられる模様.

死にかけているのは原油輸出に財政を依存するベネズエラなどの国々. 特に石油が輸出額の9割を占めるベネズエラの現状は悲惨で, 通貨ボリバルの実質的な価値がおよそ半分に下がり, 生活必需品のほど全てを輸入に頼っているため, 店は品薄の状態が続き写真の様な状況.
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ベネズエラは原油価格が下落する前からインフレや物資の不足,財政赤字を抱えていたが今回の原油安でますますデフォルトの危機が高まった. インフレ率も60%超えと冗談にならない模様. 試しにグラフを出力してみたが, インフレを起こすために頭を抱える日本との対比がもはや笑えるレベル.
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ここで面白いのは窮地に立ったベネズエラの頼みの綱が中国だということ. 世界経済において影響力を強める中国*11は, アメリカの裏庭ともいわれるカリブ, 中南米諸国とも着実な関係を築き上げて来ている.

この記事によると, 中国は1月頭に2025年までにラテンアメリカ諸国との貿易額を二倍に増やすと発表し, またベネズエラとエクアドルに投融資を新たに行った. ただ中国も相手国がデフォルトするとなると投資に慎重にならざるを得ない. 今後の動向が注目される.


最後に, ロシアについて. The Economistでは既に瀕死ならぬ死亡説が.

In the first two weeks of the year, when Russia was on holiday, the rouble fell by 17.5% against the dollar. Inflation is up into double figures. The price of oil, Russia’s main export, has slid below $50 a barrel, prompting economists to revise their forecasts down. GDP is now expected to contract by between 3% and 5% this year. Russia’s credit rating is moving inexorably*12 towards junk.

ルーブルの価値の低下はとどまるところを知らない.

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ロシア経済は国内の石油・ガス企業に大きく依存している. 炭化水素は連邦予算の半分余りに寄与し, 輸出の3分の2を担っている*13. 国は多くのエネルギー企業の株を大量に保有するだけでなく, それら企業に融資する国の支援を受けた銀行に支えられている. 原油安はこれを直撃した. また, ロシアが関わるウクライナ紛争に対してアメリカとヨーロッパは多くのロシア企業に金融制裁を科しており, 国外で資金調達がほぼできない. またロシア中央銀行の外貨準備は過去最低レベル*14となっている. 前述の記事(昨年12月20日づけ)では, ロシアに対して, 東アジア金融危機時のマレーシア(1998年)のように為替レートを固定化, 金利を引き下げ, そして資本規制すべきだという. 実際, 昨年12月24日, ロシアは「非公式な資本介入」を行った;
ロシアが「非公式」な資本規制導入、ルーブル急回復 | Reuters
そして1月20日にプーチンが軍増強を表明し更にルーブルは下落. 今後どうなるのであろうか.
ルーブルとロシア債が下落-プーチン大統領が軍増強を表明 - Bloomberg


やっぱりある程度時間をとってがっつり調べてがっつり書くと自分がどこが分かっていないのかが明確になって良い. The Economistの今月のエネルギー政策の記事についてはまた別に書く.

おまけ.
書き終わったあと気になって調べてみた.
原油(石油)生産量 国別ランキング統計・推移 - Global Note
原油(石油)埋蔵量 国別ランキング統計・推移 - Global Note
産出量と埋蔵量でかなり順位が変わる. 埋蔵してあっても継続して掘り続けられる技術, インフラ, 需要があるのは違うということ(?)

*1:http://www.imf.org/external/pubs/ft/survey/so/2015/NEW012015A.htm

*2:石油輸出国機構 - Wikipedia

*3:原油安、長期金利下押し 低インフレ続く見方 :日本経済新聞

*4:Consumer Price Index, CPI. 毎月1回, 総務省統計局が発表する消費者物価の動きを表す指数. 基準年を100とし, 一般消費者の家計支出の中で重要度が大きく, 購買頻度が高く, 永続性のある商品とサービスを選び, 毎月中旬 ((12日を含む週の水,木,金のいずれか1日)の値段を調査する. インフレかデフレかを測る尺度として, 金融政策上も重視されている.

*5:http://www.nikkei.com/markets/features/12.aspx?g=DGXLASDF21H0B_21012015MM0000

*6:日銀、物価見通しを引き下げ 15年度1.0%に :主要金融ニュース :マーケット :日本経済新聞「日銀は物価の基調をみるうえで, 生鮮食品を除く消費者物価指数を重視している. だが, 昨年後半からの急激な原油価格の下落の影響で, 上昇率が大幅に鈍化していた. 原油の影響を除いた物価で政策判断すべきだとの議論も出てきそうだ. 」

*7:景気緩やかに回復、原油安が追い風 日経討論会 :日本経済新聞

*8:Concorde fallacy. 「「埋没費用(sunk cost effect)」の別名であり、超音速旅客機コンコルドの商業的失敗を由来とし、ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資をやめられない状態を指す。」コンコルド効果 - Wikipedia

*9:冒頭bbc記事+米シェール、大量倒産ない ハーバード大の専門家に聞く :日本経済新聞参照

*10:「イスラム国」身代金収入、1年で53億円 国連報告書:朝日新聞デジタル

*11:AIIB, BRICs Bank, 元決済についてはまた別の機会に必ず書こうと思う

*12:inexorably = 容赦なく

*13:ロシアのルーブル危機:崖の先へ:JBpress(日本ビジネスプレス)

*14:ナイジェリアも同様の状況におかれている模様: ナイジェリア通貨が最安値更新 原油安、政治の混乱、ボコ・ハラム・・・総選挙控えて大荒れ:JBpress(日本ビジネスプレス)